大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)522号 判決 1966年5月13日

原告 横田一

被告 国

主文

被告は払渡し(取戻し)の請求手続があり次第に別紙目録<省略>記載の供託金を支払う義務のあることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立て

(原告)

主文同旨。

(被告)

本案前

一、原告の訴えを却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

本案

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、原告と訴外前田春子外四名(以下前田らという)との間に、昭和二六年八月二五日大阪簡易裁判所において、次の要旨の調停が成立した。

1  前田らは原告に大阪市生野区巽町西足代三三四〇番地上家屋二戸を代金八〇、〇〇〇円で売り渡すこと。

2  右代金中七五、〇〇〇円は、同二六年九月から毎月末日限り一、五〇〇円づつ支払うこと。

3  原告が右分割払いを三回以上怠つたときは、右売買は解除となり、原告は右家屋を前田らに明け渡すこと。

二、原告は右調停にもとづいて、前田らに地代、公租等の概算五〇〇円と、右分割金一、五〇〇円の合計二、〇〇〇円を、毎月支払つてきた。ところが前田らは、同二八年三ないし五月分の一、五〇〇円を全部地代に充当したので、前記売買代金の支払いが三回延滞したとして、右家屋明渡しの執行文付与の申請をした。そこで原告は、これに対し請求異議の訴えを提起するとともに、別紙目録記載の金員(以下本件供託金という)を大阪法務局に弁済供託していた。右事件では、原告が勝訴し、その判決が確定した。

三、原告は、前田らに対し調停にもとづく売買代金を右供託により完済したので、大阪地方裁判所に所有権移転登記手続請求の訴訟を提起したが、同三九年二月二日次の要旨の裁判上の和解が成立した。

1  前田らは、原告に対し右家屋の所有権移転登記手続をすること。

2  第三者よりの、右家屋の前田春子の持分に対する仮差押えの執行が、解放され次第に、前田らに八〇、〇〇〇円を支払うこと。

右和解においては、原告から前田らに対して、本件供託の供託書を交付し、前田らにおいて、供託金の還付を受けることとすべきであつたが、和解の際には供託金の総額が正確にわからず、供託の目録を和解調書に記載するのも手数を要することであつたので、本件供託金は、原告が取戻しを受けることにして、原告が前田らに八〇、〇〇〇円の支払いをすることを訴訟外で合意して、右和解をしたのである。

四、そこで、原告は、大阪法務局に対し本件供託金取戻しの請求をした。ところが、同局は、「弁済供託の取戻しは供託した日からできるのであるから、その翌日から消滅時効は進行、本件取戻請求権は、一〇箇年の時効の完成により、消滅した。」と称して、取戻しの請求に応じない。

五、しかしながら、本件供託金の取戻請求権は、次の理由により、未だ消滅時効は、完成していない。

1  原告は、前記調停条項によると、三回支払いを怠るときは売買契約を解除され、かつ家屋を明け渡さなければならないから、供託金の取戻しをすることができない。

2  被供託者の前田らとしても、訴訟係属中に供託金の還付を受けると、原告の主張事実を認めたことになり、訴訟を維持できない。

3  このように訴訟係属中は、双方とも供託書の払渡しを受けることができないから、その間消滅時効は、進行しないものである。したがつて、前記和解の成立により、初めて原告が供託金の取戻しができることになつたものであつて、この時から時効は、進行するものである。

第三、答弁と抗弁

(本案前の抗弁)

一、供託法(以下法という)と供託規則(以下規則という)によると、取戻請求は供託物払渡請求書と添付書類を供託所に提出してこれをなし(規則二二条、二五条)、供託官吏は、右請求を理由あるものと認める場合は、払渡しを認可し(規則二八条一項)、理由ない場合は却下する(規則三八条)。これによれば、取戻請求権の行使、認可または却下処分は要式行為である。本件において、原告がこのような意味で取戻請求権を行使し、その却下処分がなされたかは疑問がある。またこの処分に対しては、監督法務局または地方法務局の長に審査請求をすることができる(法一条の三)。このように取戻請求権の存否と、行使の要件等については、第一次的に供託官吏の判断に委ねたものというべく、裁判により取戻請求権の存否につき事前の確定を求めることは、公法上の義務確認訴訟を認めることと同一の結果になつて、行政権を侵害し、行政、司法分立の趣旨から許されない。

二、かりに、供託所窓口における拒否を一つの却下処分とみるならば、行政処分としての公定力を有するから、抗告訴訟により右却下処分が取り消されない以上、裁判所は右却下処分を有効と認めざるを得ず、これに反する判断をなし得ない。

いずれにしても原告の本件訴えは、不適法として却下を免れない。

(本案の答弁)

一、請求原因一の事実は不知。

二、同二の事実中、別紙目録記載の供託がなされている事実は認めるも、その余の事実は不知。

三、同三の事実は不知。

四、同四の取戻請求手続のなされたことについては調査したが、確認することができず、規則三八条所定の方式に従つた却下処分はなされていない。恐らく窓口で拒否されたものと思われる。

五、同五の消滅時効の起算点に関する主張は争う。

1 客観的に権利が発生し、これを行使するにつき法律的な障害の存しない限り、消滅時効は進行するのであつて、それが事実状態の尊重という消滅時効の目的に合致するのである。供託物件取戻請求権は、供託の時に発生し、これが行使を阻害する何らの法律上の事由は存在しないから、その消滅時効は、供託の時から進行するものと解すべきである。

2 供託者は、供託所に対して債務承認を求めることができ、供託所は、請求があれば、常に書面による債務承認をしているのであるから、これにより容易に時効の中断をなし得るのである。

3 原告主張の結論を承認するならば、供託所は、供託者が何時免責の効果を必要としなくなつたか判断の仕様がなく、また、これを調査する権限もない。したがつて、供託者の取戻請求をなした時をもつて、免責の効果を必要としなくなつた時と判断せざるを得ず、事実上取戻請求権は、時効にかからないことになる。

第四、証拠<省略>

理由

第一、本案前の抗弁は採用できない。

法一条の三には、供託官の処分について審査の請求をなし得る旨の定めがあり、また規則には、供託物払渡手続に関する要式が規定せられていることは、被告主張のとおりである。しかしながら、

供託物取戻請求権は、供託の効果として法律上当然に発生するものであつて、供託官吏の形成または確認の処分の結果として発生する権利ではない。したがつて、被告主張の諸規定の存在することは、供託金取戻請求権の有無につき供託官吏に、第一次的の判断を委ねたものと解する根拠を与えるものではない。とすれば、供託官吏の供託金払渡しに関する処分の前後を問わず、利益の存在する限りは、国を相手として供託金取戻請求権の存否に関する確認の請求をすることが許されるものといわなければならない。

第二、本案の判断

一、原告が、その主張の金員を大阪法務局へ供託したことは、当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲一、二号証、証人山口伸六の証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。原告と前田らとの間に、昭和二六年八月二五日大阪簡易裁判所において次の要旨の調停が成立した。

1  前田らは、本日大阪市生野区巽町西足代三三四番地上家屋二戸を代金八〇、〇〇〇円で原告に売り渡すこと。

2  右代金中七五、〇〇〇円は同年九月末日を初回とし、爾後完済まで毎月末日限り一、五〇〇円づつ支払うこと。

3  原告が右代金の分割払いを三回以上怠つた時は、1項の家屋売買は当然解除となり、右家屋を明け渡さねばならないこと。

4  右家屋の公租公課、火災保険料とその敷地の賃料は同年九月一日以降の分は、原告の負担とすること。

原告は右調停条項にしたがつて、2、4項の合計二、〇〇〇円を毎月前田らに支払つてきたが、同人らは、支払いが三回延滞したとして、家屋明渡しの執行文付与の申請をした。そこで原告は、同人らを相手に執行文付与に対する異議の訴えを提起し、原告勝訴の二審判決が、上告棄却の判決により確定した。そこで原告は、前田らに対し右家屋の所有権移転登記請求の訴えを提起し、その手続において、同三九年一一月二日原告主張の要旨の裁判上の和解が成立した。その間原告は、同二八年七月一日から大阪法務局に原告主張のとおりの弁済供託(本件供託)をしていたが、原告主張のような理由から右和解に際しては、本件供託金は、原告において取戻しをする合意が訴訟外でなされていた。

以上の事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

三、被告は、供託がなされた時から消滅時効は、進行すると主張する。しかし、原告としては、供託を存続させておかないと、前記調停条項3に違反したことになり、売買は解除となつて、家屋を明け渡さなければならなくなる。したがつて、前田らとの合意がない以上は、原告が本件供託金の取戻しをすることは、期待できない。

このように取戻請求の行使が期待できない間に、取戻請求権が、時効により消滅すると解することは、債権者、債務者間に、供託原因の基礎たる事実について争いがある場合に、供託制度が目指す法効果を生ぜしめないことになり、弁済の代用を認める供託制度を無意味ならしめるものである。また供託は、単に債権者の満足を目的とし、供託所の利益を目的とするものではないのに拘らず・終極的に国家のみが、債務者の負担において、利益を受けることになつて、妥当ではない。むしろ、債務者が供託所に供託物を保管させているのは、供託によつて取得した権利を行使しているのであつて、供託物取戻請求権の行使を怠つていないものともいえる。また供託所としては、供託物払渡請求書と添付書類を提出した者に、供託物を払い渡せばよいわけであつて二重払いの危険もなく、払渡請求があるまでは、払い渡しをする必要がないばかりでなく、供託所は国家機関であつて、証拠は常に整備せられていて散いつする虞れも少ない。

このような諸点を考えると、供託の消滅時効について、特別の立法のないわが国においては、供託金取戻請求権の消滅時効は、払渡請求がなされた時から、払渡請求がなされた金額について進行するものと解すべきである。

そうすると、供託の時から進行することを前提とする被告の消滅時効の抗弁は、採用することができない。

四、しからば、原告は、本件供託金取戻請求権を有するものというべく、これが確認を求める本訴請求は、正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 木村輝武 白井皓喜)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例